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◇愛情教育、この指とまれ◇その189◇アクティブラーニングは学生が主役 vol.19 竹澤 伸一

 連載もあと2回。ここで私が持っている「講義」へのイメージを記してみます(拙著からの引用)。
 (1)講義とは、食べたくないものを無理矢理食べさせる一種の拷問。
 (2)講義とは、一読すればわかる内容を、わざわざ時間をかけて恭しくしゃべって伝えようとするもの。
 (3)講義とは、ほぼすべての時間、受講者が聞きっぱなしになるため、受け身の態度を大量生産する機械
    のようなもの。
 (4)講義とは、受講者に話の内容が伝わっているのか否か、その場で確認ができにくいため、私にとって
    はとても怖くて、実施できないもの。

 本当にごめんなさいと、改めて申し上げておきたいと思います。私はここまで講義に対してネガティブに考えています。

 この4点の中でも特に強調したいのが(4)です。2万回をはるかに超える授業を実践してきました。でも、今でも1つ1つの授業の前には緊張します。果たしてこの授業を、目の前の学生たちにやってしまって良いものだろうかと真剣に悩みます。

 テキストに書いてあることをプレゼンソフトに落として語り、伝えることに悩むのではありません。この授業が「どこから来て、どこに行こうとしているのか」1人1人違う学生に、果たしてマッチングしているのだろうか、と悩むのです。

(つづく)