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◇愛情教育、この指とまれ◇その636◇令和の時代を楽しもう。名産大2年生物語  vol.06竹澤 伸一

私が気になっている「大槻太一くん語録」を、いくつかご紹介いたします。

「やりたいことが、なかなか見つかりません。」

「目標や夢って、いったい何なのでしょうか。」

「今、実際にやっていることが、楽しいことなのかどうなのか、時々わからなくなります。」

「周囲の人々がよく、生き甲斐って言います。では生き甲斐って何なのでしょう。」

「五里霧中で生きているので、様々な場所を意識的に、よくよく見ながら、毎日の生活を送っています。」

いやあ、大槻くん、実にうらやましいです。「やりたいこと」「目標・夢」「楽しいこと」「生き甲斐」「よくよく見る」・・。人生を、真面目に、正直に生きている人々は、毎日・毎時・毎分・毎秒、大槻くんと同じように悩んでいます。逆に、人生を適当に、流して生きている人々は、そもそも悩んでなんかいません。

「我思う。故に我あり。」 フランス人哲学者、ルネ・デカルトの言葉です。『方法序説』という著書の中に登場する言葉です。デカルトは、世の中にある、あらゆる事象を疑って疑って、疑わしい物を徹底的に排除していきました。でも、最後まで排除できなかった物がありました。それは、「疑っている自分自身」でした。

何となくですが、大槻くんは、「自分は何者」と疑っているのではないでしょうか。だから、「やりたいこと」「目標・夢」「生き甲斐」・・が、なかなか見えてこないのだと思います。でも、「疑っている自分自身」は、間違いなく大槻くん自身の心の中に存在します。大いに悩んで、仮の答えを見つけて、またまた悩んで。それこそ確かな自分自身だと思います。

(つづく)