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◇愛情教育、この指とまれ◇その995◇足かけ4年、忘れ得ぬ方々を想う。 vol.5竹澤 伸一

本連載の中で、「アクティブラーニングは学生が主役」シリーズを、何回か書いてきました。「その550」で、アクティブラーニングの本質について、私自身が「ハッと」させられた、当時女子高2年生のSさんがいらっしゃいました。Sさんのメールがきっかけで、交流が始まり、高3の今、コロナ禍の中での進路相談などもおこなっています。「忘れ得ぬ方々」5人目は、そのSさんです。

2019年の4月、Sさんからいただいたメールには、こうありました。「独演会(私の言うところの、垂れ流しの講義)しかできない教員は、学生を怖がっているのではないか?」「学生がその教員を振り向くのは、ここテストに出るぞと言った時だけ。」「質問されたり意見されたりするのを怖がる先生がいる。」「自分の授業に自信のある先生は、学生と目と目を合わせて授業をする。」「私たちが一番知りたいのは、授業内容というよりも、その内容に関して、隣の学生が何を考えているかなのだ。」

Sさんからのメールの全文を、時々読み返すのですが、自己反省も含めて、未だにドキドキします。ところが、このコロナ禍の中で、必ずしもスイスイつながるわけではないチームス、ズーム、ライン・・によるオンライン授業の中で、「教師ー学生」「学生ー学生」同士の交流が、満足にできにくくなりました。

先日、Sさんと、ラインのビデオ通話をしているうちに、私は思わずこんな弱音を、Sさんに向かって吐いていました。

竹「いやあ、アクティブラーナーとしては、今のオンライン体制は歯がゆくてたまらないのですよ。画面越しの学生さんの反応は、汲み取るのが難しくて。しかも、学生さん同士の横のやりとりは、ほぼできないに等しくて。コロナは、下手をすればアクティブラーニングをも殺しかねないですよ。対面授業も解禁になってきてはいるんですが、アクティブには致命的なディスタンスが横たわっていますしね。」

私の愚痴(?)とも取れる言葉を、Sさんは言葉を止めて消化していました。そして、18歳の女子高生が還暦過ぎの教師を諭すように、こう言ったのです。

S「先生、嘆くことなんてないですよ。1つの授業の中で、3つも4つも何かを伝えようと思えば、相互交流のテンポを上げなければならないかも知れません。しかし、1つの授業、1つの真理で十分ではないでしょうか。ディスタンスで伝わらないことを前提に、超じっくり型のアクティブラーニングをすれば良いのではありませんか?」

(つづく、あと5回)